東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2099号 判決
一 当裁判所は、控訴人が昭和四八年九月二二日までに被つたと主張する損害金四、〇九五、〇〇〇円及びこれに対する同月二三日から支払済に至るまでの年五分の遅延損害金の請求を失当として棄却すべきものと判断するが、その理由は、次に訂正、削除、付加するほか、原判決の理由と同一であるから、これをここに引用する。
1 原判決二一枚目裏四行目「原告主張のとおりである」から同七行目までを「原告主張のとおりであること及び本件考案が次の構成要件から成る手提袋であることは、当事者間に争いがない。」と訂正し、原判決二二枚目表五行目「(ニ)手提袋」を削除する。
2 原判決二三枚目表一行目の「スライドフアスナー」の次に「の務歯」を加え、同二行目、三行目の「務歯に」の次に「対し」を加える。
3 原判決二三枚目裏三行目「成立について」から同一〇行目の「できるところ、」までを「被控訴人製品におけるような一個の開閉金具が本件考案出願前周知であつたことは当事者間に争いがなく、」と訂正する。
4 原判決二四枚目表三行目「本件実用新案登録出願」から同六行目「知らなかつたし、また」まで及び同一〇行「原告が」から原判決二四枚目裏八行目までを削除する。
5 原判決二五枚目表一行目「公知公用とされている数手段のうち」を「周知であつた手段とは異なる公知でない」と訂正する。
6 本件考案と被控訴人製品との均等性及び本件考案における開閉金具の公知性について
(一) 控訴人は、本件考案の開閉金具が公知であつた旨主張するが、本件考案におけるような、相反する面に引手を有しそれぞれ開閉作動を逆方向に向つてする二個の開閉金具を用いるフアスナーが本件考案の実用新案登録出願前に公知であつたことを認めるに足りる証拠はない。控訴人は、そのようなものが公知であつた証拠として成立に争いのない甲第五号証(昭和十一年実用新案出願公告第五二〇四号公報)を挙げるが、右実用新案公報のフアスナーは、開閉金具こそ二個ではあるが、それぞれに設けた引手は同じ面にあり、本件考案における開閉金具とは明らかに構成、作用効果を異にするものであるから、控訴人の右主張を認めることはできない。
他方、被控訴人製品におけるような、両面に引手を有する一個の開閉金具を用いるフアスナー(いわゆる両面フアスナー)が本件考案の出願前周知であつたことは当事者間に争いがない。
右の事実に徴し考えると、控訴人は、そのような周知であつた一個の開閉金具を用いることを明細書に記載せず、公知でなかつた前記のような二個の開閉金具を用いることのみを記載し、これを構成要件として本件考案について登録請求をしたものであるから、このような場合には、その技術的範囲はそのような二個の開閉金具を用いるものに限られ、前記のような一個の開閉金具を用いるものには及ばないと解するのが相当である。
(二) のみならず、開閉金具の二個方式と一個方式とでは、作用効果が同一ではない。すなわち、
フアスナーの開放時、フアスナー端部に持ち来たされた開閉金具によつて占められたフアスナー端部分は開放されず、それだけ開放される長さが短くなるが、このことは、二個方式の場合には両方の端部に生ずるのに対し、一個方式の場合には片方の端部のみに生ずる。したがつて、本件考案のような三段変化をする手提袋において、フアスナーの長さを手提袋の幅に相当する長さだけに止めると、大嚢状態の場合に、二個方式では両端部に袋のくびれが生ずるが、一個方式では片端にくびれを生ずるだけとなり、このようなくびれが生じないようにするためには、一個方式ではフアスナーの長さを片端においてのみ延長すればよいが、二個方式では両端において延長しなければならず、このように手提袋の整形との関連において、両者の効果は同じであるとはいえない。
また、本件考案においては、手提袋に設けたフアスナーを開放状態から閉じようとするときに、二個の金具が袋の両端にあるので、いずれの金具を操作すべきかを引手が表面に現れているか否かによつて弁別しなければならず、操作に戸惑い勝ちであるが、両面に引手を有する単一の開閉金具を用いるものでは格別そのようなことはない。
(三) 右のとおりである以上、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人製品が本件考案と均等であつて、その技術的範囲に属するとする控訴人の主張は採用することができない。
二 控訴人が当審で拡張した請求も失当であり、その理由は、前一の項冒頭記載の請求についての理由と同一である。
三 そうすると、控訴人の本訴請求のうち、前一の項冒頭記載の請求を棄却した原判決は、相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、また、控訴人が当審で拡張した請求を失当として棄却する。
〔編註その一〕本件における請求原因は左のとおりである。
均等の主張の補充
(一) 本件考案と被控訴人製品が、その構成のうえで一応相違するのは、前者にあつては開閉金具が二個であるのに対し、後者はこれを一個とした点であるが、この相違は均等の域を出ないものである、考案の構成要件と対象物とを対比した場合、構成要素のあるものが同一ではないにもかかわらず、なお均等とされるためには、
イ 考案の要旨、すなわち、その技術的思想が対象物においても用いられていること、
ロ 対象物における右構成要素の置換が、その所期する作用効果において本質的な差異をもたらさず、しかも、当該置換が、出願時の技術水準において当業者に容易に推考されるものであること、
が必要とされる。
(二) (本件考案の要旨)
本件考案の要旨は、袋の本体下方に偏せる個所周面に相互に噛合しうるスライドフアスナーを止着し、スライドフアスナーの務歯に係合する開閉金具の相反する面(上下各面)に引手を設け、右スライドフアスナーの両端辺を本体側縁より外方に突出させた点に存する。これにより、袋の大きさを三段に変化させるという本件考案の課題を解決しえたものである。
(三) (被控訴人製品の場合)
被控訴人製品が、本件考案と全く同一の技術的思想を採用していることは、疑いない。
(四) (作用効果について)
(a) 開閉金具の二個方式との間には、袋を三段変化させるという作用効果のうえで本質的な差異は存在しない。形状を変化させる操作のうえで、ある場合は開閉金具の上面の引手を使用し、またある場合には下面の引手を使用しなければならないので、引手を金具の反対方向(面)に設けることは不可欠であるが、この点は両者同じである。
しかしながら、開閉金具が一個であつても二個であつても異なる操作がされるわけではない。例えば、大嚢状を中嚢状にする場合には、袋のフアスナーより下方部分を上方部分の内側へ折り込むのであるが、そのときのフアスナーを閉じる操作はともに金具(二個方式では一方の金具)の下面の引手をもつて金具を一回引くだけである。この場合二個方式でも他方の金具は使用されない。また、大嚢状を小嚢状にする場合は、両者ともフアスナーより上方部分を下方部分の内側へ折り込んで上面の引手をもつて金具を一回引けばよい。要するに、二個方式も、開閉操作は常にどちらか一方の金具によつて行われるのであつて、二個が同時に使用されるとか、二個あるために特別の効果が生ずるとかいうものではない。
被控訴人は、本件考案においては、開閉金具による着衣の破損を防止するために、提手部を環状延長部としているのであつて、提手部の構成と開閉金具の二個方式とは相関関係を有する旨主張する。しかしながら、手提袋は通常、正面又は背面を身体と対向させて携帯されることからして、袋本体の側面に位置する開閉金具が身体に当り着衣等を破損する危険があるなどということは通常考えられないし、開閉金具が二個か一個かによる作用効果を比較するうえで何ら問題となる事項ではない。開閉金具を二個にすることと、提手部をいかなる構成にするかということとは何らの関係もないし、もちろん明細書にも被控訴人主張のような記載はない。本件考案において提手部を明細書図面のように構成しても、被控訴人製品のように構成しても、前記のとおり袋の正面又は背面が身体に対向して携帯されることに変りはなく、着衣損傷の危険などは考慮に値しない。
また、被控訴人は、二個方式では中嚢形状、小嚢形状のときゴワゴワした感じがするとともに、中嚢形状で物品を収納したとき布が破損しやすいと主張するが、そのような相違は存しない。「ゴワゴワした感じ」とか、「布が破損しやすい」とかは、生地の素材や製造技術の問題であつて、本件考案の要件とは無関係であるし、もちろん、開閉金具の個数によつて影響されることでもない。
(b) 二個方式を一個方式に置換えることは、本件考案の出願時における技術水準から当業者が容易に推考しうるものである。
一個の開閉金具で両面に引手を設けたものは、本件考案の出願前周知であつた。そして前記のとおり一個方式であつても作用効果のうえで二個方式と異なるところがないのであるから、二個方式の開示を受けた当業者が、これを一個方式に置換えることは極めて容易であつたといわなければならない。
(五) 以上のとおりであるから、被控訴人製品は、本件考案と均等であり、その技術的範囲に属する。
本件考案における開閉金具の公知性の主張
本件考案におけるそれぞれの開閉金具の構成自体はごくありふれたものであり、また、フアスナーに、開閉作動が互に逆方向である開閉金具を二個設けることも既に古くから知られた技術であつた(昭和十一年実用新案出願公告第五二〇四号公報)。したがつて、本件考案は、袋の三段変化に対応してフアスナーの開閉操作をスムーズに行わしめるため、引手を上にも下にも設けることが必須不可欠であるが、開閉金具自体としては慣用技術が採用されているに過ぎず、金具の構成故に登録されたものではない。
拡張した請求についての主張の追加
(一) 被控訴人らは、昭和四八年九月二三日以後も侵害行為を継続し、控訴人はこれによる損害を受けた。
(二) 昭和四八年九月二三日から本件実用新案権の存続期間満了日である昭和五二年二月二日までの間に被控訴人らが製造販売した侵害品たる被控訴人製品は二〇〇、〇〇〇枚を下らない(月産五、〇〇〇枚、右期間のうち四〇か月間分を計算。)。控訴人は、被控訴人らの侵害行為により本件考案の実施料相当額の損害を受けたものであるところ、右実施料は製品の販売価格の五パーセントが相当である。被控訴人製品一枚の販売価格は金三九〇円であるから、結局控訴人の損害額は金三、九〇〇、〇〇〇円となる。
(三) よつて、控訴人は、従前の請求に追加して、被控訴人らに対し、連帯して右損害金三、九〇〇、〇〇〇円及びこれに対する前記不法行為後である昭和五二年二月一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める。